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和歌山地方裁判所 昭和32年(モ)323号 判決 1957年12月23日

申請人(被申立人) 明光バス株式会社

右代表取締役 小竹林二

右申請代理人弁護士 阿部幸作

<ほか二名>

被申請人(申立人) 白浜町

右代表者町長 南和七

右被申請代理人弁護士 吉川大二郎

<ほか一名>

主文

当庁昭和三二年(ヨ)第一九六号専用自動車道占有妨害禁止仮処分申請事件につき、昭和三十二年七月二十日当裁判所がなした仮処分決定は、被申請人において金三千万円の保証を立てることを条件として、これを取消す。

訴訟費用はこれを二分して、その一を申請人の、その一を被申請人の負担とする。

この裁判は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

当事者の申立。

申請代理人(被申立代理人)は「主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可する。訴訟費用は被申請人の負担とする。」との判決を求め、被申請代理人(申立代理人)は「主文第一項掲記の仮処分決定は、これを取消す。申請人の本件仮処分申請はこれを却下する。訴訟費用は申請人の負担とする。」との判決、ならびに、第一項につき仮執行の宣言を求めた。

事実上の主張。

申請代理人の陳述。

一、本件仮処分の合法性。

被申請人町は、和歌山県西牟婁郡白浜町南湯崎県道富田停車場路線に接続する白石土地会社経営地道路終点同町字爪切二、九二七番地から、和歌山県営種畜場前、大浦荘門側道路に接続する延長三、〇七二メートルの自動車道路(別紙添付図面ABCDを結ぶ線。以下本件道路と略称)に関する第二項に述べる一連の行為は適法な行政行為であり、従つて、行政処分の執行停止を目的とする本件仮処分は行政事件訴訟特例法(以下単に特例法と略称)第十条違背の仮処分であるむね主張するが、被申請人町の右一連の行政行為は第二項に述べるように当然無効であるから、当然無効の行政行為に対しては特例法の適用がなく、本件仮処分は何等違法な決定ではない。

二、本件仮処分の必要性。

(1)  申請人会社は乗客輸送を目的とする自動車運送業者であるが、本件道路につき、その道路敷前長の約三分の一(別紙図面赤色にて図示、以下本件道路敷と略称。)は被申請人町の所有であつたので、昭和十年十月二十八日、被申請人町との間で、使用期間を三十年と定める等の内容の契約を締結し、同十一年三月三日、所管大臣から本件道路の旅客自動車運送事業経営の免許を、次いで鉄道大臣から専用自動車道路工事施工の認可を受け、その工事完成により専用自動車として運輸開始の認可を得て、以来今日まで申請人会社のバス運用に供用する専用自動車道として継続使用してきた。その間町有地以外の道路の道路敷についてもその後それぞれの敷地所有権者より、これを借受け、あるいは所有権の譲渡を受けるなどして、本件道路の道路敷全長の占有使用権を完全に取得しているものである。

(2)  しかるに被申請人町は、昭和三十一年十月十五日、和歌山地方裁判所田辺支部に対し、申請人会社を相手方として本件道路引渡請求の訴を本案とする(後に本件道路に対する使用ならびに管理権の存在確認およびこれが妨害禁止の訴を本案とすることに変更。)仮処分命令の申請(和歌山地方裁判所田辺支部昭和三十一年(ヨ)第五七号事件。)をなし、その理由として、申請人会社が昭和十年十月二十八日付にて被申請人町との間に、本件道路敷を使用するにつき取結んだ契約書第九条に定められた「被申請人町は、村道として必要が生じた場合、本件道路工事費の未償却額全部を申請人会社に補償するときは、申請人会社は、契約所定の残存期間(昭和四十年十月二十八日まで)の利益を主張せず、直ちに道路全線を被申請人町に引渡し、同時に本件道路の専用による自動車営業を廃止する。」むねの条項により、本件道路に隣接する白浜町湯崎から三段壁にいたる県道が狭隘危険であるから本件道路を被申請人町が接収し、これを一方交通として右危険を防止するため昭和三十一年十月十四日申請人会社に対し、右契約を解除して本件道路引渡要求の通告をなしたことなどを主張した。その後右仮処分申請事件について調停が開始されたが、昭和三十一年十一月十五日、被申請人町は、本件道路が道路法に所謂「一般交通の用に供する道。」であるとしてこれを町道と認定し、昭和三十二年四月二十七日右認定により被申請人町が一方的にその使用権を得たものとして、本件道路につき道路法第十八条に基き町道として供用開始の告示をなし、同日付白総第三四二号書面により、右供用開始の通告をなし、引続き同日付書留内容証明郵便で本件道路平草原頂上の申請人会社ロツジ前にある通行遮断機をはじめ、専用自動車道に関する申請人会社の標識、その他交通妨害となる施設のすべてを、昭和三十二年四月二十八日午前中に全部撤去すべく、万一右期間内に撤去しない時は申請人会社の費用で被申請人町が撒去するむね通告してきたので、申請人会社は即日かかる申出を拒絶した。しかるに被申請人町は、翌四月二十八日申請人会社に対し、行政代執行法に基くものとして、代執行命令書なる書面を送達し、続いて同日午後二時四十分頃、被申請人町吏員と称する菊原徳右衛門の引卒する人夫約十五名が、本件道路入口である川口三段茶屋入口に来り、申請人会社の専用道路遮断機等の施設の破壊に着手したが、申請人会社労組員に阻止されたため、一部施設を破壊するにとどまり右人夫等は退去した。なお先の被申請人町の仮処分申請は右同日取下げられた。

(3)  本件道路は、前述の如く申請人会社が完全にその占有使用権を得た専用自動車道路であつて、一般交通の用に供する道でないことは明かであるから、被申請人町の右町道認定は無効であり、また道路敷に対する所有権借地権等にもとずく使用占有権なき供用開始はあり得べからざるもので、右被申請人町の一連の行為はまさに暴力的な侵害行為というほかなく、かような侵害行為を免れるため、やむなく申請人会社は被申請人町を被告として御庁に対し昭和三十二年八月七日本件通路に対する借地権、所有権にもとずく占有妨害排除の本案訴訟を提起したが、被申請人町は現に申請人会社の右施設を一部破壊したまま現在警察当局の自重要望などにより一時小康を保つているものの、被申請人町長南和七は今なお右一連の被申請人町の行為は合法的なものであり、本件道路はその占有下にあると主張し、必ず本件道路を取上げると公言している状態であるから、何時、前記の如き行政代執行に名をかりる被申請人町の実力行使により、申請人会社の本件道路に対する占有が妨害され侵奪されるかは計り難い急迫な恐れがあるので、本案訴訟確定にいたるまで、その妨害侵奪排除を求める必要がある。

(4)  被申請人町主張の如く、申請人会社がさきに和歌山地方裁判所田辺支部に対し本件仮処分と同様な仮処分申請をしてこれを取下げた事実は認めるが、前記所謂行政代執行と称する被申請人町の実力行使後、一時小康状態を得たので、あくまで平和的解決を望む申請人会社は取敢えずその仮処分申請を取下げたまでであり、その後昭和三十二年七月十二日、十三日の両日にわたり再び前記一連の行為を強行するむね被申請人町が通告してきたので、事態の急迫を覚え本申請の必要が生ずるにいたつたものである。

三、被申請人町の特別事情の主張について。

被申請人町の特別事情の主張を否認する。

被申請人町は、申請人会社のバス運行上の損失のみを指摘して、本件仮処分が取消されても、金銭的補償により、その被保全権利が全うされることができると主張するが、本件道路は申請人会社の生命線であり、近時数千万円の費用を投じて舗装を完成したものであり、申請人会社企業の存立はもとより、一般従業員ならびにその家族の生活の安否にかかわるもので、本件仮処分を取消せば、金銭的補償によつてもつぐなうべからざる損害を惹起することは必定である。

仮に、金銭的補償により被保全権利が全うされるとしても、特別事情による仮処分の取消は、本案請求の内容、当該仮処分の目的等諸般の事情を考慮して、衡平の原則上客観的に妥当な場合でなければなし得ないものであるから、本件仮処分のごときはその特別事情に当らない。

また、仮に特別事情による取消しが許されるとしても、被申請人町主張のごとく、申請人会社が本件道路を利用して運行する観光バスの料金が、附帯料金を合して一人当り金二百五十円であることは争わないが、その他の被申請人町の計算は争う。

被申請代理人の陳述。

一、本件仮処分は特例法第十条に違背した違法の決定であるから取消されねばならない。

(1)  本件道路に対する被申請人町の「路線の認定」および「供用開始」の処分は、行政庁たる被申請人町が、その一般的権限により正規の手続を経てなした行政処分であるから、これが取消し得べき行政行為であれ、無効な行政行為であれ、その適法性乃至有効性を争つてその執行を停止しようとすれば、すべて特例法第十条による執行停止を求むべきであつて、これに代えて民事訴訟法による仮処分により、被申請人町のなした行政処分の効力を直接に停止することは、その本案訴訟がいわゆる抗告訴訟であるか行政処分の無効確認訴訟であるか、それとも私法上の権利を訴訟物とするか、その申請人の恣意に選択するところの如何にかかわらず、実質的に行政処分の執行を停止するものである限り一切許されないものである。

(2)  仮に、法律上当然無効の行政処分は仮処分によつてもその執行を停止することができるとしても、本件における被申請人町のなした一連の行政処分は、明らかに有効な処分であつて当然無効の場合に当らない。すなわち「路線の認定」については、道路法上認定処分をなす国家または地方公共団体が、全然交通の用に供されていない個所で、右個所につき何等の権原を有しない場合でもできるものであり、まして本件道路の場合は、被申請人町が、申請人会社に対し、申請人会社主張の契約条項第九条により、昭和三十一年十月十四日、同条前段所定の要件を具備して道路の引渡方を通告したことにより、即時に申請人会社は道路全線を一般公衆の通行の用に供すべき義務が発生しているものであるから、本件道路に対する被申請人町の「路線の認定」は有効である。また「供用開始」については、前述契約の第九条により、将来村道として必要が生じた場合は同契約第七条の工費未償却額全部を申請人会社に補償するときは、申請人会社は引渡しと同時に本件道路の専用権を放棄する旨約定しているのであるから、前述の要件を具備すれば道路の支配を現実に移すような特別の行為を要せず、本件道路の公用使用権は直ちに被申請人町に帰属するものであり、従つて、被申請人町が、昭和三十一年十月十四日、前述の要件を具備して道路引渡を求める通告をなし、また、昭和三十二年五月一日、前述契約の第七条所定の未償却工事費金一万円の弁済供託をなし、同上契約第九条前段の要件を具備した上、同年七月十二日念のためこのむね通告したものであるから、少くとも同年七月十六日なした供用開始処分以前に、既に道路の使用権が被申請人町に帰属したことは明かであり、被申請人町のなした右供用開始処分は有効な行政処分である。

(3)  たとえ、被申請人町の「路線の認定」「供用開始」、「行政代執行」の各処分に何等か違法性をもつ瑕疵があるとしても、本件道路の使用権取得の有無は本案訴訟の判決確定によつて定めるほかはなく、右処分は被申請人町が運輸省建設省その他関係各省の見解を徴して種々検討した上、町議会の決議等正規の手続を経て行つたものであるから、単に取消し得べき行政処分であつて適法な手続により取消されるまでは有効なものである。

二、本件仮処分は必要性がない。

申請代理人の主張事実中、第一項の(1)の乗客輸送を目的とする自動車運送業者である申請人会社が、本件道路につき、本件道路敷に関して被申請人町との間に当該契約を結んだ事実、申請人会社が当該所要の免許並びに認可を受け、以来今日まで専用自動車道として継続使用してきた事実、その間本件道路敷以外の道路敷について一部所有権を取得した事実、および、同項(2)の事実は認めるが、その余の事実は争う。

申請人会社は昭和三十二年四月三十日御庁田辺支部に対し、本件仮処分と同一趣旨の仮処分申請(同支部昭和三十二年(ヨ)第一〇号)をなしたが、同年六月十五日右申請を取下げた。若し前回の申請理由が正しければ、そのまま維持すべきで、その後数十余日を経て本件申請をしたことは、仮処分を必要とする急迫な事情が存しないことを示すものである。また、本件における被申請人の一連の行政処分により、申請人は、単に本件道路の専用権を失うことと、これに附帯する専有の標識遮断機等の設置等の設備撒去による僅かな損害を蒙むるにすぎず、申請人会社の営業や道路使用、ならびに、その所有に属する本件道路の一部の所有権を奪われるものでないから、急迫な状態は存在せず、従つて本件仮処分の申請は理由がない。

三、仮りに以上の主張が理由がないとしても、民事訴訟法第七五九条の特別事情があるから、本件仮処分は保証を立てることを条件として取消さねばならない。

(1)  本件仮処分決定が取消されることにより、本件道路が一般公衆の交通の用に供せられても、これにより申請人会社の通行はもとより、その一般乗合旅客自動車運送事業自体は何等支障を来すものでなく、また申請人会社は、本件道路以外にも多数の営業路線を有している。

従つて、申請人会社が本件仮処分決定の取消によつて蒙る損害は、

(A)  申請人会社所有以外の町民所有の自家用車、タクシー、および、旅館所有のバス(五台)、ならびに、他府県から観光貸切バス等の本道路乗入れにより、従来申請人会社のバスを利用せしめることによつて得べかりしその乗客等の運賃(一人当り金二百五十円)。

(B)  専用道路を標示する申請人会社所有の標識、遮断機等の施設取毀しによる損害に限られるものであり、右損害額の算定は何れも計数上容易で、現に申請人会社は本件仮処分の本案訴訟において、被申請人町が、昭和三十二年四月二十一日、前記行政処分の執行をなしたことによる観光バス欠行の損害金、遮断機等施設取毀しによる損害金として九十一万余円を訴求しているのであるから、これによつても本件の被保全権利の金銭による損害補償の可能性は自明の理である。

(C)  申請人会社は、本件道路に対して近年数千万円を投じてその全長の舗装を完成した点を主張するが、道路の舗装費のごときは、前述の従来乗客から収得してきた一人当り金二百五十円の運賃の中に金三十円を補修費として含めているものであるから、本件仮処分決定の取消による損害には含まれないものである。仮にその損害に当るとしても、この費用は元来申請人会社が支出したものであるから、その算定も極めて容易である。

(2)  民事訴訟法第七五九条の特別事情による仮処分の取消は、特別事情の存否と保証金額を審理判断すればよく、申請人主張の如く、深く被保全権利の存否の判断に入つて左右されるものではない。

疏明方法(相手方の認否)≪省略≫

理由

一、本件仮処分決定の適法性について。

被申請人町は、本件仮処分決定は行政処分の執行を直接停止するものであるから、特例法第十条第七項に違背する違法な仮処分であると主張するところ、同条第七項の規定は、処分行政庁を被告とし、行政処分の取消、変更、又は無効確認そのものを本案の訴訟物とする場合にのみ適用されるものであつて、行政処分の当然無効を前提とし、私法上の権利関係の存否、確認等を本案の訴訟物として、これが保全のためになされる仮処分にはその適用がなく、その手続については民事訴訟法第七百五十五条ないし第七百六十三条の規定が適用されるべきものである。けだし、行政処分が当然無効の場合においては、その処分は当初から存しないに等しく行政庁がたとえ右処分の執行として或具体的行為を為し、若しくは為さんとしても、それは行政処分の執行に名を藉る事実行為を為し、若しくは為さんとするに過ぎず、私人の行為(行政庁が一私人の立場で行う私法上の行為)となんら異るところがないにもかかわらず、かかる場合にも、右行政庁の行為を行政処分の執行と解し、これが排除、若しくは予防のために、民事訴訟法による仮処分発令の要件を加重した特例法第十条第七項の適用があると解することは、国民の権利保護に欠くるうらみなしとせず、又司法権の行使を無用に制限することになるからである。

これを本件について考えてみるに、申請人会社が本件仮処分において主張する被保全権利が、本件道路の借地権ないし所有権に基づく占有権であり、被申請人町がなさんとしている行政代執行の根拠たる本件道路の供用開始、ないし、代執行命令が当然無効であることを理由として、右代執行に名を藉る被申請人町の事実行為による占有の侵奪ないし妨害の予防を求めるために本件仮処分申請に及んだものであることは、申請人会社の主張によつて、明かであるから右主張事実が疏明される限り、本件仮処分について特例法第十条第七項の規定の適用がなく、前示民事訴訟法の規定の適用があることは、いうまでもない。

よつて、進んで被申請人町のなした本件道路の供用開始ないし代執行命令が当然無効かどうかの点について考えてみる。地方公共団体たる町が、当該町の区域内に存する「一般交通の用に供する道」を町道として路線の認定をなし得ることは、道路法第二条、第八条によつて明かであり、右路線の認定をなすについては、同法第八条第二項により、当該町議会の議決を経ることを要するほか、道路の敷地について私権を有する者の同意等を必要としないと解せられるところ、路線の認定を受けた町道について、その管理者たる町が、これを現実に公用に供するために、同法第十八条による「供用開始の公示」をなし得るためには、その前提として、当該町が町道敷地の所有権を取得するか、若しくは、敷地について所有権、借地権等の権利を有する者の同意を得る等、町道敷地を支配する権原を取得することを要し、明かにかかる前提を欠いてなされた「供用開始の公示」は、重大かつ明白な瑕疵があるものとして当然無効と解すべきであるところ、本件道路が同法第二条にいわゆる「一般交通の用に供する道」といえるかどうか―従つてこれを町道として路線の認定をなし得るか―の点はしばらく措き、申請人会社が、本件道路の一部を被申請人町から後に認定する約旨で借り受け、その余の部分を自ら所有し、若しくは所有者たる第三者から借受けて、道路として専用していることは、成立に争いのない疏甲第六ないし第十号証と弁論の全趣旨によつて疏明され、被申請人町が、申請人会社との間に締結した本件道路敷地使用契約を解除するために、申請人会社に提供すべきことを要する右契約条項第九条所定の申請人会社が支出した本件道路工事費未償却額全額を補償していないことは、右疏甲第六号証及び第二十二号証と弁論の全趣旨を綜合して疏明され、右認定を覆えすに足る疏明がなく、又申請人会社が所有し若しくは第三者から借り受けている道路敷地の部分につき、その所有者から被申請人町がこれを支配する権原を取得したことについては、被申請人町においてなんらの主張も疏明もしないところである。

そうすると、被申請人町がなした本件道路についての「供用開始の公示」は、被申請人町に本件道路を支配し得るなんらの権原もなくしてなされた違法の行政処分であると一応認められるから、路線の認定処分の適否について判断するまでもなく、当然無効といわねばならないことは前説示によつて明かであり、延いてはこれが有効であることを前提として、申請人会社に対し発せられた本件道路の引渡しを命ずる代執行命令もまた当然無効であることはいうまでもないから、右無効の行政処分の執行に名を藉る被申請人町の実力行使による、本件道路に対する申請人会社の占有妨害を予防するためになされた本件仮処分申請について、民事訴訟法の規定に従つて発せられた本件仮処分決定は、特例法第十条第七項に違背するものでなく適法であるから、被申請人会社のこの点についての主張を採用することができない。

二、被保全権利の存否及び本件仮処分の必要性について。

申請人会社が、その主張の如く、乗客輸送を目的とする自動車運送業者であり、本件道路中、一部道路敷に関しては、昭和十年十月二十八日、被申請人町との間で使用期間を三十年と定める等の内容の契約を締結し、その後関係各大臣から本件道路の専用自動車道としての運輸開始にいたるまでの必要な免許および認可を得て、以来今日まで申請人会社のバス運用に供する専用自動車道として継続使用してきたこと、その間、右道路敷以外の本件道路に必要な道路敷については、一部当該権利者より所有権の譲渡を受けたこと、被申請人町が、昭和三十一年十月十五日当庁田辺支部に対し、同庁昭和三十一年(ヨ)第五七号の仮処分申請をなし、その理由として、本件道路に関する前述契約条項第九条に基き、本件道路接収の必要が生じたことを理由として、申請人会社に対し、右契約解除と本件道路引渡要求の通告を行つたことなどを主張したこと、その後、同年十一月十五日、被申請人町が、本件道路に対し町道としての路線の認定をなし、同三十二年四月二十七日町道として供用開始の公示をなし、申請人会社にそのむね通告、また、同日被申請人会社に対し、本件道路上の専用道路としての標識その他の諸施設を、昭和三十二年四月二十八日午前中に撤去すべく、万一右期間内に撒去しない時は申請人会社の費用で被申請人町が撤去するむね通告したところ、申請人会社は直ちにこれを拒絶したこと、しかるところ、被申請人町が翌四月二十八日申請人会社に対し、行政代執行法にもとづくものとして代執行命令書を送達し、即日申請人町吏員菊原徳右衛門の引卒する人夫約十五名により、本件道路入口である川口三段茶屋入口附近でこれが代執行をしようとしたところ、申請人会社労組員に阻止されたため一部施設を破壊したにとどまり、右人夫らは退去したこと、なお、被申請人町の先の仮処分申請は同日取下げられたこと、については何れも当事者間に争いがなく、申請人会社が当庁に対し、昭和三十二年八月七日、本件道路に対する借地権、所有権にもとづく占有を維持するため、妨害排除の本案訴訟(当庁昭和三十二年(ワ)第三一二号)を提起したことは当裁判所に顕著な事実である。右事実に成立に争いない疏甲第二十八号証を綜合すれば、申請人会社主張の本件仮処分の被保全権利の存在は一応疏明されるところであり、また申請人会社が主張するように、今なお被申請人町が、前述一連の「路線の認定」「供用開始」「行政代執行」の各行為が合法的な行政行為であるから本件道路はその占有下にあると主張し、何時、行政代執行に名を藉る被申請人町の実力行使により、申請人会社の本件道路に対する占有が妨害侵奪されるか計り難い急迫な事情の存することは、成立に争いない疏甲第二十二号証、ならびに、被申請人町の本件における主張自体により疏明されるところである。申請人会社が、昭和三十二年四月二十三日、本件仮処分と同一趣旨の仮処分申請を当庁田辺支部に対して行い、同年五月十四日右申請を取下げたことは、当事者間に争いのない事実であるが、この事実は、被申請人町主張のように右により疏明され急迫な事情の存在の一応の肯定を妨げるものでなく、被申請人町の論旨は採用できない。

三、特別事情による取消について。

本件仮処分における被保全権利は、金銭的補償により終局の目的を達することができるむねの被申請人町の主張について考えると、本件被保全権利の内容は、申請人会社主張の道路を占有してこれを専用する権利であることは前示の通りであるところ、本件仮処分決定が取消されることによつて、申請人会社が侵害されるべく予想されるところのものは、右専用権を喪うことによる占有権の侵害であることは弁論の全趣旨によつて明かであり、従つて、これによつて蒙る申請人会社の損害は、金銭的補償によつて終局的満足を得るものといわねばならない。

申請人会社は本件道路は申請人会社の生命線であり、その専用権を喪うことにより占有権を侵害されることは、企業の存立ならびに一般従業員およびその家族の生活権の安否にかかわるもので、本件仮処分の被保全権利は金銭的補償により終局の目的を達することができないと主張するが、本件仮処分決定が取消されても、後述の金銭的損害を蒙るほかは、申請人会社所有自動車の本件道路の通行はもとより、その一般旅客自動車運送事業自体の運営を妨げられるものでないことは右説示によつて明かであるのみならず、成立に争いない疏乙第五号証の一、二によれば、申請人会社は本件道路における営業以外にも、白浜口駅―白浜湯崎温泉間の路線、長野線その他多数の各種営業路線を有していることが認められるから、申請人会社の右主張は採用できない。

従つて、本件仮処分の被保全権利は金銭的補償により、将来その終局の目的を達することを得るものということができるから、まさに民事訴訟法第七百五十九条の特別事情あるときに該当するものというべきであつて、本件仮処分決定は、被申請人町をして右損害相当額の保証を立てしめることを条件として、これを取消すのを相当とする。

よつて、本件仮処分が取消されることによつて蒙る申請人会社の損害、言いかえれば、被申請人町をして立てしめるべき保証額について考えてみるに、成立に争いのない疏乙第五号証の一、二、同第七号証、同第十号証を綜合すれば、

(A)  従来、白浜町に存在した旅館所有のバス(五台)が本件道路乗入れの際、申請人会社が収得していた一台一回当り金五百円の割合による一日約十台分の料金から道路補修費若干を差引いた相当額。

(B)  従来、他府県の観光バス、自家用車、タクシー等が本件道路に乗入れできなかつたため、その乗客らが申請人会社の観光バスを利用することにより、申請人会社が収得していた一人当り一回金二百五十円、一日少くとも三百人分の料金のうち所要経費若干を差し引いた相当額。

(C)  本件道路における専用を標示していた申請人会社所有の標識、遮断機等の各施設取毀しによる損害。

(D)  右(B)項の各自動車乗入れによる本件道路の破損修理費等の損害の発生が認められるところ、これに本件仮処分の本案訴訟が確定するに至るまでの予測期間、ならびに、諸般の事情を勘案すれば、本件仮処分を取消すことによつて蒙るべき申請人会社の損害額、従つて、被申請人町をして立てさせるべき保証額は金三千万円をもつて相当と認められる。

よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条を、仮執行の宣言につき同第百九十六条第一項を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 亀井左取 裁判官 下出義明 舟本信光)

<以下省略>

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